HPV ヒトパピローマウイルス 

日本におけるHPVワクチン接種に関する認知と行動のインターネット調査【論文紹介】

article

引用文献

Risa Kudo, et al. Internet Survey of Awareness and Behavior Related to HPV Vaccination in Japan. Vaccines , 9(2), 87,2021

https://www.mdpi.com/2076-393X/9/2/87

※「View Full-Text 」をクリックすると全文が見られます。

※英語が読めない方でもページをグーグル翻訳すればほぼ正確な日本語で読むことができます。

Abstract 要約 【日本語訳】

日本では、HPVワクチンの積極的勧奨は根拠のない安全性の懸念のせいで2013年に差し控えられた。我々の狙いはHPVワクチンを受けた女性と受けていない女性で、子宮頸がん・HPVワクチン・セックスに対する意識・知識・行動の違いを明らかにすることである。アンケートは16歳から20歳の女性を対象にオンラインで行った。子宮頸がん・HPVワクチン・性行動に対する意識・知識・行動と参加者の社会的背景に関する項目について調査した。828人の女性への調査は3つのポイントを明らかにした。1つ目は、調査の対象となった日本人女性の半分以上は子宮がん検診・HPV・HPVワクチンについての知識が乏しかった。2つ目は、HPVワクチンを受けていない群では、この題材に関する知識を特にもっておらず、性的活動がより活発である傾向があった。3つ目は、HPVワクチン接種後に性的活動に対する意識の変化を経験したのは、たったの0.5%しかいなかったことだ。おわりに、この研究は日本人女性に対するHPVワクチンと性的活動の関係を分析した初めての大規模調査である。HPVワクチンを受けていない女性はワクチンの恩恵に与れないだけではなく、危険な性行動に巻き込まれてしまう傾向にある。したがって、HPVワクチン接種の有効性と子宮がん検診の有用性について情報を提供することがより一層重要である。

この論文のメッセージ

一次予防というのは、「病気にならないようにする」ことです。

この一次予防に有効なHPVワクチンでしたが、予防接種後に「多様な症状」がおこると誤解されたセンセーショナルな報告により、厚生労働省は2013年6月にHPVワクチン接種の積極的勧奨を停止しました。

このためHPVワクチンの接種率は1%未満にまで低下してしまったのです。

この論文の筆者のモチベーションは、

一次予防ができるHPVワクチンをなんとか日本でも広まるようにしたい!

ということに尽きます。

そのために、

① HPVワクチンの安全性や効果について提示したうえで、

② アンケートで現状を調査して、問題点をあきらかにし

③ これからどのようにアプローチしていけばよいか、

ということを、この論文のなかで議論を巻き起こしていきます。

ここからは、その議論の内容についてひも解いてみましょう。

HPVワクチンの安全性

この論文では、2013年6月に厚生労働省が積極的勧奨を中止するきっかけとなった「多様な症状」について、はっきりと「誤解である」「根拠がない」と明言しています

つまり、HPVワクチンは安全であると宣言しているのです。

その根拠として引用されているのが以下になります。

Arbyn, M.; Xu, L. Efficacy and safety of prophylactic HPV vaccines: A Cochrane review of randomized trials. Expert Rev. Vaccines 2018, 17, 1085–1091.

【要約】HPVワクチンは注射部の腫れを増加させたが、重篤な有害反応を増加させなかった。

WHO. HPV Vaccines and Safety.

WHOはHPVワクチンに関する最新データを評価し、安全上の問題はないと報告している。

安全性を示すことは、HPVワクチンを是とする議論を進めるための前提条件となっていますね。

HPVワクチンの効果

子宮頸がんは、日本ではどんどん増えていってるがんです。

しかも、今から子供を産み・育てる世代に増えているという点が特にやっかいです。

この論文では、HPVワクチンの有効性を示す根拠としていくつか論文を引用していますが、1つだけここに紹介しておきます。

その上で筆者は、

「日本は子宮頸がんが増加している唯一の国で、世界に後れをとっている」

と落胆します。

さらに、

「単に積極的勧奨を再開するだけでは、急速にほぼゼロになった予防接種率を十分に回復できない」

と、HPVワクチンを再度日本に広めることは簡単なことではなく、非常に高い壁であると認識しています。

HPVワクチンを広めるため、まずは誤解を解いていく必要があります

そこで筆者は、HPVワクチンを受けた人と受けていない人との比較、さらには子宮がん検診やセックスに対する意識と行動について焦点あてることで、問題点や解決方法を見出そうとするのです。

明らかになった3つのポイント

ポイント① 日本の若い女性は子宮頸がんやHPVに関する知識が乏しい

この論文での調査では参加者の知識を試すために、子宮がん検診の項目が2つ、子宮頸がんの項目が2つ、HPVの項目が2つ、HPVワクチンの項目が1つの合計7つの質問を用意しています。

① 定期的な子宮がん検診の必要性

② 20歳以上で子宮がん検診が必要

③ 子宮頸がんは妊娠に悪影響を及ぼす

④ 子宮頸がんは死亡の原因になる

⑤ 子宮頸がんを引き起こすウイルスは性行為によって感染する

⑥ 子宮頸がんを引き起こすウイルスはHPVである

⑦ HPVワクチンは子宮頸がんの予防に有効である

結果が以下の表で示されています。

vaccinatedはHPVワクチンを接種したグループ、unvaccinatedはHPVワクチンを接種していないグループです。

Question(質問)の順番は黄色い点線で囲った日本語訳の順番と同じです。

savvy:理解している、vague:はっきりしない、none:わからない、です。

この結果を得て、筆者は、

「予想していたよりも知らなかった」

と、嘆いています。

50%以上理解している項目が、HPVワクチンを受けたグループの「子宮頸がんは妊娠に悪影響を及ぼす」だけしかなかったのです。

この結果はショックだったと思います。

日本の若い女性たちに、子宮がん検診・子宮頸がん・HPV・HPVワクチンの知識が乏しいことが浮き彫りとなりました。

ポイント② HPVワクチンを受けていないグループは知識が特に乏しく、リスクの高い性行動をする傾向にある

「HPVワクチンを受けていないグループでは知識が乏しい」ということについては、前の項目で出てきたTable S1という表のvaccinated(HPVワクチンを接種したグループ)とunvaccinated(HPVワクチンを接種していないグループ)を見比べればはっきりします。

vaccinatedではsavvy(理解している)が多く、unvaccinatedの方はnone(わからない)が多くなっているのがわかると思います。

次に、HPVワクチン接種と性行動の関係についてです。

HPVワクチンを接種していないグループは、HPVワクチンを接種したグループと比較すると、

・初交年齢が若い

・肉体関係になった相手の数が多い

・インターネットを介して男性と会ったことのある経験が多い

・コンドーム使用の頻度が少ない

・未婚で妊娠した経験が多い

このように、性的活動が活発で、リスクが高いという結果が示されています。

ポイント③ HPVワクチンを接種しても性行動が大きく変化しない

まずは過去の文献で、HPVワクチンを受けると、性的活動が活発化してしまう報告がある一方、HPVワクチンは性行為に影響を与えないという相対する報告がある、という事実を示してくれています。

これらの報告は、海外のものであり、日本でHPVワクチンと性的活動の関係についての報告がこれまで存在しませんでした。

この論文の調査では、

・「HPVワクチン接種後に性的活動が活発になり、避妊の心配をしなくなった」と答えたのはたったの2人(0.5%)

・大多数は予防接種後に性的行動を変えていない

という結果でした。

このことは、HPVワクチンを受けたグループは、受けていないグループと比較して性的活動が活発化することはないことを示しています。

さらに、HPVワクチンを受けていないグループの方が、危険な性的行動をする傾向にあるという結果が示されており、子宮頸がんのリスクが高くなるグループであることも加えて指摘しています。

ここで興味深いのが、この結果はポイント③の最初に示したSuryadevaraらの論文と正反対の結論であるということです。

「この論文の方が日本のことについては有意だ」と示すために、本文中に「日本で初めてのHPVワクチン接種と性行動の関連を分析した報告書である」と、きちんと書いてあります。

性については文化的な側面も大いに関係するので、「日本での調査」ということに大きな意味があるのです。

HPVワクチン接種を広めるにはどうしたらよいか

2013年から積極的勧奨が差し控えられており、HPVワクチンを再び日本に広めることがそう簡単ではないのは明々白々です。

筆者も、その壁の高さを認識している記述があります。

この論文の中で、明日にでも全員HPVワクチンを接種できるような妙案が提示されているわけではありません。

そんなものがあれば、HPVワクチンの空白期間が7年余りという長きにわたって続くことはなかったはずです。

そんな簡単ではない目的を実現するために、筆者はどのような結論を見出したのか。

筆者の提案を以下に示します。

・HPVワクチン接種の有効性と子宮がん検診の有用性に関する情報提供をさらに進めること

・義務教育における性に関する教育の向上

・HPVワクチンを接種を担当する医師による子宮頸がんやHPVワクチン接種に関する正確な情報提供

・積極的勧奨を再開するための資料とシステムの作成

人や社会にはびこった考えや価値観を変えることは、たやすいことではありません。

しかし、

あきらめずに地道に「正しいこと」を「正しい」と伝え続けていく

これが、私が感じ取った筆者からの冷静かつ情熱的なメッセージです。

まとめ

・HPVワクチンは安全である

・HPVワクチンは子宮頸がんの予防に有効である

・日本の若い女性たちは子宮頸がん、子宮がん検診、HPV、HPVワクチンに関する知識が乏しい

・HPVワクチンを接種していない女性は子宮頸がんやHPVの知識がさらに乏しい

・HPVワクチンを接種しても性行動の乱れは起こさない

・HPVワクチンを接種していない人たちはリスクの高い性的活動を起こしやすい

・HPVワクチンを広く受けてもらうためには、HPVワクチンに関する情報提供をさらにすすめていき、義務教育での性教育の充実、現場の医師による詳しい情報提供、積極的勧奨の再開に向けた資料やシステム作りが必要

おまけ

論文はながめているだけでは単に文字が並んでいる堅苦しくて冷たいもののように感じます。

しかし中身をしっかりと読んでみると、筆者の燃えたぎる情熱を感じざるを得ません。

この論文に関しては、「HPVワクチンへの誤解」という強敵に立ち向かっているのが見て取れます。

さながらスラムダンクを読んでいて、弱小の湘北高校が自分たちより強いライバルたちと熱いバトルを繰り広げているときの、あのワクワクした感情に似たものが、私には湧き上がってきました!

今回は、この熱いワクワクした感情を、記事にぶつけてみました。

読者のみなさんにもその熱量を共有してもらえていたら、とてもうれしいです。

また、今回紹介した論文の筆頭著者は2021年4月22日-25日に行われる第73回日本産科婦人科学会学術講演会の主幹である新潟大学の先生です。

がんばれ新潟大学!応援してます。