HPVワクチンは子宮頸がんを予防するためのワクチンです。
HPVとはヒトパピローマウイルスの略で、感染することにより子宮頸がんをひきおこすリスクを高めるウイルスです。
今まで「サーバリックス」と「ガーダシル」という2つのHPVワクチンがありました。
サーバリックスは2価ワクチンと呼ばれ、HPV16と18を予防できます。
ガーダシルはHPV16と18に加えて、HPV6と11も予防することができるため4価ワクチンと呼ばれています。
今回、2021年2月24日に発売された「シルガード9」は、なんと9価ワクチン!!
9種類ものHPVを予防することができます。
実は、海外では2014年12月にすでに発売されていました。
日本でも海外に遅れること約6年を経て、ようやく発売となりました。
この記事ではシルガード9について、他のHPVワクチンとの違い、効果、誰に接種するのか、投与方法、投与間隔、注意点について解説したいと思います。
目次
シルガード9、ついに日本でも発売【HPVワクチン】
シルガード9と、他のHPVワクチンの違い【予防できるウイルスの数】
冒頭でも説明したように、シルガード9と他のHPVワクチン(サーバリックスとガーダシル)の一番大きな違いは、
感染を予防できるHPVの数
です。
予防できるHPVの数は「〇価」というように表現されます。
2価であれば2種類、4価であれば4種類、9価であれば9種類ということになります。
以下に、サーバリックス・ガーダシル・シルガード9の予防できるHPVの数と種類についてまとめておきます。
サーバリックス(2価):HPV16、18
ガーダシル(4価):HPV16、18,6.11
シルガード9(9価):HPV16,18,31,33,45,52,58,6,11
ちなみに、子宮頸がんを起こしやすいHPVのことをハイリスクHPVといい、HPV16、18,31,33,35,39,45,51,52,56,58,59,66,68の14種類あります。
シルガード9はすべてのハイリスクHPVをカバーできているわけではありません。
ただ、今までよりはかなりカバーできています。
ガーダシルとシルガード9に含まれているHPV6,11はハイリスクHPVではありませんが、尖圭コンジローマ(せんけいコンジローマ)という良性腫瘍の原因となるHPVです。
HPV6とHPV11は、がんの原因にはなりにくいことからローリスクHPVとも呼ばれます。
シルガード9の効果
シルガード9は、HPV16,18,31,33,45,52,58,6,11を予防することで、その感染が原因となる疾患を防ぐことができます。
では、具体的にどんな効果があるのでしょうか?
「添付文書」という薬剤の説明書がどの薬にもあります。
シルガード9にも添付文書があるのですが、
添付文書のまんまだと、とってもわかりにくいです。
ということで、
以下に、シルガード9の添付文書にある【効能・効果】の項目について、より簡単にまとめてみます。
・子宮頸がんと前がん病変である子宮頸部異形成(CIN1、CIN2、CIN3、AIS)の予防
・外陰がんと腟がん、それらの前がん病変の予防
・尖圭コンジローマの予防
シルガード9により、日本人の子宮頸がんの原因HPVの88.2%をカバーできます!!
これは9価になったことの大きなメリットです。
加えて、私が良いなと思う効果が、「異形成も予防できる」ということです。
子宮がん検診でひっかかってしまい、ずっと異形成のまま不安な気持ちで数か月ごとに婦人科受診を余儀なくされている方がとてもたくさんいます。
これも、「HPVワクチンの大きな効果の1つ」と思います。
子宮頸部異形成(CIN1,2,3,AIS)については、以下の記事を参考にしてみてください。
シルガード9は
・子宮頸がん、外陰がん、腟がんとそれらの前がん病変を予防することができる
・子宮頸がんの原因となるHPVの88.2%を予防することができる
・異形成も予防できる
シルガード9の接種対象と投与方法
接種対象「だれに接種するの?」
9歳以上の女性が接種の対象となります。
シルガード9は任意接種のワクチンでありますので、ご自身で接種するかどうか判断すべきワクチンです。
今のところ、公費負担の対象にはなっていません。
つまり、「だれも無料で受けられない」という意味です。
自治体による公費負担が受けられるのは、現在サーバリックスとガーダシルの2つだけです。
シルガード9は、本人やその保護者がいろいろな情報に目を通して、
「接種しないよりも接種する方がメリットがある」
と判断した場合に、自主的に接種するワクチンなのです。
また、投与の上限の年齢が決められていません。
禁忌事項(発熱や過敏症など)がなければ、9歳以上の女性であれば希望された方全員が接種可能です。
おそらく今後、公費負担が受けられない年齢、かつ、HPVワクチンを受けたいという方々からシルガード9の需要は高まってくると推測されます。
・9歳以上の女性に接種可能
・上限の年齢はない
妊婦や授乳中の方への投与は禁止にはなっていません。
ただし、添付文書で妊娠中は接種はさけることが望ましいと記載されています。
授乳中は、母乳への移行や児への影響がわかっておりません。「それでも今接種することにメリットがある」という場合には接種をする、というふうになっています。
ちなみに、これのような考え方を有益性投与(ゆうえきせいとうよ)といいます。
投与方法 「どうやって投与するの?」
1回0.5mlを筋肉内に注射します。医療者は筋注(きんちゅう)と呼んだりしています。
一般的に筋注は大きい筋肉がよいです。
上半身なら肩の三角筋、下半身ならおしりの大殿筋や太ももの大腿四頭筋です。
「簡単に投与できて、比較的大きな筋肉である」ということから、
ワクチン接種では、肩の三角筋という筋肉に投与することが多いです。
日本人に対するシルガード9の投与は、すべて三角筋のようです。
これは、開発時の臨床試験で三角筋への接種を推奨していたことも理由だと思います。
・基本的に、肩の三角筋に筋注する
投与回数と投与間隔「なんかい?どれくらいの間隔をあけて?」
合計3回投与することが勧められています。
初回投与したら、初回接種から2か月後に2回目、初回接種から6か月後に3回目を投与します。
・投与スケジュールは0、2、6か月目の3回投与
シルガード9の注意点
ここからは、シルガード9の注意点や補足事項についてまとめてみます。
定期接種の対象ではない
HPVワクチンは厚生労働省から積極的勧奨が差し控えられている状態ではあります。
しかし、サーバリックスとガーダシルは定期接種の対象であることは継続しているため、公費対象の年齢であれば、ほとんどの自治体で無料で接種することができます。
一方、シルガード9はまだ定期接種に使用できません。
今のところ、公費対象の年齢であっても、シルガード9は自己負担で接種するしかありません。
今後、定期接種でも使用できるようになる可能性はあるでしょう。
・シルガード9は今のところ定期接種の対象ではないので、無料で接種することはできない
定期接種が無料になる年齢は?
ちなみに、公費対象の年齢なんですが、
具体的に「何歳から何歳まで」というのは自治体により異なりますが、
基本的には小学校6年生から高校生1年生です。
https://www.mhlw.go.jp/content/000679259.pdf
厚生労働省が作成したHPVに関するリーフレットです。
小学校6年生から高校1年生までの女性とその保護者向けとなっています。
それ以外の方もとても勉強になりますので、ぜひ目を通してみてください。
例外的に、成人女性のワクチン接種も無料としている自治体もあります。
もし、興味がある方はお住いの市区町村に問い合わせてみてください。
値段がやや高め
インターネット上でシルガード9を導入している産婦人科のホームページをいくつかみました。
現状でシルガード9の相場は、1回25,000円~35,000円のようです。
サーバリックスとガーダシルは1回16,000円~20,000円だったことを思うと、まあまあ値上がりしてしまっているので、お値段的にはちょっと接種しにくい感じになっています。
今後の公費負担の年齢拡大などを期待したいところです。
副反応について
HPVワクチンといえば、
「多様な症状」などがでるとされ、副反応の調査や安全性の検討のため、2013年6月14日に厚生労働省より「積極的な接種勧奨の差し控え」が行われました。その差し控えは現在も継続中です。
シルガード9は新しい別の薬とは言え、日本においては歴史的に論争を経験しているHPVワクチンの1種ですので、その導入には非常に慎重になっています。
シルガード9は海外では2014年に発売しているのに、日本ではかなり遅れをとって2021年の発売になってしまったのも、この慎重さが原因に違いないでしょう。
重大な副反応
非常にまれですが、とても重大なものです。
- 過敏症反応(アナフィラキシー、気管支けいれん、蕁麻疹)
- ギランバレー症候群(四肢の麻痺などの神経症状)
- 血小板減少性紫斑病(紫斑、鼻出血など)
- 急性散在性脳脊髄炎(接種後数日から2週間程度で発熱、頭痛、けいれん、運動障害、意識障害など)
よくある副反応
臨床試験での主な副反応は、注射部位にみられる反応が90.7%と最も多くなっています。
注射部位の副反応で多い順に、痛み(89.9%)、張れ(40.0%)、赤み(34.0%)となっています。
筋肉注射ですので、皮下注射のワクチンよりも注射部位の症状がでやすいのが特徴といえます。
「このワクチンは痛いもんだ」と理解して接種に臨んでください。
全身性の副反応としては、頭痛、発熱、悪心などが1~10%程度、手足の痛み、腹痛、下痢が1%未満となっています。他にも、無力感、寒気、疲れ、だるさなんかも頻度不明ですが報告があります。
失神にご注意【血管迷走神経反射】
また、予防接種後に失神(意識を失ってしまうこと)を起こしてしまうことも注意すべきです。
この原因のほとんどが「血管迷走神経反射」という痛みや恐怖によって引き起こされる神経過敏により低血圧となり、その結果、倒れてしまう、というものです。HPVワクチン特有のものではありません。
予防接種後の失神のためケガをしてしまうおそれがあります。それを防ぐために3つの注意事項があります。
- 接種後に移動するときは看護師や保護者につきそってもらう
- 接種後30分はイスに座って安静にする
- 待っている間はなるべく立ち上がらずに座っている
「多様な症状」について
厚生労働省では「多様な症状」は機能性身体症状であると考えられています。
「機能性身体症状ってなんだよ?」って感じですね。
具体的にいうと、
- 知覚に関する症状(体のいろんな部位の痛み、しびれ、感覚がにぶい、光に敏感など)
- 運動に関する症状(脱力、歩行困難など)
- 自律神経等に関する症状(倦怠感、めまい、嘔気、睡眠障害、月経異常など)
- 認知機能に関する症状(記憶障害、学習意欲の低下、計算障害、集中力の低下など)
これらを複合したあらゆる身体症状のことです。
シルガード9の臨床試験では観察期間中に3例の報告があったようです。
2例はPOTS(起立頻脈症候群)、1例はCRPS(複合性局所疼痛症候群)でした。報告例は個別に検討され、症状とワクチン接種の因果関係がある可能性は低いとされています。
なお、臨床試験に参加した日本人においてPOTSやCRPSの報告はなかったようです。
「多様な症状」を含め副反応については、MSD社が市販後に使用成績調査や全例登録により、接種後の安全管理を行っていくことになっています。
MSD社によるシルガード9接種を受ける方向けのリーフレットがとても参考になりますので、ぜひごらんください。
MSD株式会社 医薬品リスク管理計画(RMP)
男性の接種について
HPVワクチンの接種は子宮頸がん以外にも、咽頭がんや肛門がん、尖圭コンジローマを防ぐことが知られており、男性への有効性があることも報告されています。
ガーダシルは2020年12月25日より9歳以上の男性にも適応拡大されました。
シルガード9は、今のところは男性への投与は適応外となります。
シルガード9の男性への接種については、もう少し調べて今後追記しようと思います。
すでに病変がある人、検診で異常がある人について
すでに病変がある人や検診で異常があった人にもシルガード9を接種することは可能です。
ただし、今ある病変を改善する効果はありません。
まだ感染していない型のHPVの感染を予防することは期待できますので、そういう意味ではすでに検診で異常が出たことがある方でも接種する価値はあります。
接種することにより病変が悪化したり、がん化を促進したりすることはありません。
予防効果の持続期間は?
臨床試験では少なくとも5年の持続期間があるとされています。
長いと9年近く維持されるようですが、抗体がどれくらい持つかは個人差があります。
まだ臨床試験は継続中です。
シルガード9を接種しても定期的な子宮がん検診は必要
シルガード9は子宮頸がんを防ぐ有効なワクチンです。
しかし、100%ではありません。すべてのハイリスクHPVをカバーできているわけではありません。
HPVワクチンを接種した方でも、20歳をこえたら2年に1度の子宮がん検診に行く必要があります。
子宮頸がんを「早期発見」するためには子宮がん検診しかありません。
現在の子宮頸がんは20歳~40歳に多いという特徴がありますので、「この世代からすぐに子宮がん検診をなくそう」というのはいくらワクチンが優秀とは言え、時期尚早です。
もし今後、HPVワクチンを受ける人口が増えて、子宮頸がんの発生が若年者で少ない、という現象が起こるようなことがあれば、子宮がん検診も時代にあわせて変化していくでしょう。
私はそれを願っています。
まとめ
2021年2月24日に発売したばかりのシルガード9について解説しました。
日本では2013年6月14日から時が止まっているHPVワクチンに動きがでてきそうです。
患者の安全を第一に、改めて十分な説明と患者の同意を基本にしたHPVワクチン接種のきっかけとなればよいなと思います。
シルガード9は、日本の女性の救世主となれるのか?